「むかしむかし、あるところに…」というフレーズを聞くと、誰もがのどかな光景を想像しますよね。
しかし、この本を開いた瞬間、その平和な風景は一変します。
そこにあるのは、おじいさんでもおばあさんでも、桃太郎でもなく、「動かなくなった死体」なのです。
青柳碧人氏の『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』は、昔話を題材にしながらも、その中身は驚くほど本格的なミステリー。
昔話という「お約束」を逆手に取り、見事な論理パズルへと昇華させています。
「おむすびころりん」×タイムリープ。常識を覆す大胆なトリック
本書の中でも、個人的に一番の衝撃だったのは「七回目のおむすびころりん」です。
おむすびが穴に落ちて、ネズミたちの歌声が聞こえてくる……。
誰もが知る導入部ですが、本書ではなんと「タイムリープ」というSF要素が絡んできます。
「おじいさんが穴に落ちて、何度も何度も同じ体験を繰り返しているのではないか?」と気づいたとき、私は鳥肌が立ちました。
何度も転がり落ちるおじいさんと、そのたびに驚き慌てるネズミたち。
絵面を想像すると少しコミカルなのに、ミステリーとしてのトリックは極めて緻密で、思わず「その発想があったか!」と唸らされました。
「昔話=穏やかな話」という固定観念を、最初の数ページで見事に粉砕してくれます。
猿と狸の復讐劇:連作が織りなす「どろどろ」した深み
このシリーズの面白いところは、物語同士がどこかで繋がっていることです。
特に「猿かに合戦」と「ぶんぶく茶釜」は連作のようになっていて、読み進めるごとに物語が重層的になっていきます。
昔話というと、勧善懲悪でスッキリ終わるものだと思いがちですよね。
しかし、本書は違います。「復讐が復讐を生むループ」が描かれており、読み進めるうちに、登場人物(動物たち)の怨念が渦巻く、実にどろどろとした人間くさい(獣くさい?)ドラマが浮き彫りになってくるのです。
特にたぬきの視点で語られる猿への憎しみや、ぶんぶく茶釜の顛末は、胸が締め付けられるほど切ないものがあります。
ミステリーとして謎解きを楽しむ一方で、「ああ、なんてかわいそうな結末なんだ」と感情移入してしまう。
この「切なさ」と「論理」のバランスが、本書を単なるパロディ作品ではなく、一つの優れた文学に引き上げているのだと感じました。
なぜ、この本を「今」読むべきなのか
「ミステリーは難しそうで手が伸びない」という方にも、この本は強くおすすめできます。
元ネタとなる昔話のあらすじを誰でも知っているため、物語の世界観に入り込むハードルが極端に低いからです。
読書に少し距離を感じている人でも、ページをめくる手が止まらなくなることでしょう。
そして読み終えた後、ふと本棚にあるはずの昔話の絵本を読み返したくなるはずです。
「あれ、あの時のおじいさんは、本当は何を考えていたんだろう?」と、新しい視点で物語を楽しめるようになるのですから。
結論:昔話の「再発見」が、ここにある
本書は、昔話を汚すための本ではありません。むしろ、昔話の持つ「可能性」を極限まで広げた本だと言えます。
「昔話に本格ミステリーを掛け合わせる」というアイデアは、一歩間違えればただの悪ふざけになってしまう危うさがあります。
しかし、青柳氏は丁寧な伏線回収と、物語への深い敬意をもって、完璧なエンターテインメントへと昇華させました。
読み終えた後、あなたの心の中にある昔話の風景は、きっと少しだけ色合いが変わっているはずです。
ぜひ、かつて子供時代に触れた物語を、今度は「大人のミステリー」として再体験してみてください。


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