
「最近スマホばかりで、読書から遠ざかっている……」
「本格ミステリーを読みたいけれど、登場人物の名前や人間関係が複雑すぎて途中で飽きてしまう……」
もう一度小説を読む楽しさを思い出したいのに、仕事帰りの疲れた脳みそでは、難しいビジネス書やカタカナだらけの海外ミステリーは1ページも頭に入ってこない。
そんな「読書挫折ループ」に陥っていませんか?
かつての私は、まさにその「3ページでフリーズする読書挫折マン」でした。
本屋さんで話題の重厚なミステリー小説を買ってはみるものの、中盤で「あれ、この容疑者って誰だっけ……?」とページを何度も戻り、結局そのまま本棚の肥やしにする日々。
そんな私の冷え切った読書熱を、強烈な面白さで叩き起こしてくれたのが、青柳碧人先生の『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』でした。
この本は、ただの昔話のおふざけパロディではありません。
誰もが子供の頃から知っている昔話を舞台にすることで、「登場人物を覚えるための脳内メモリ」を1ミリも消費せず、純度100%の驚愕トリックを味わい尽くせる、極上の「ミステリーリハビリ本」です。
今回は、小説を最後まで読み切れずに諦めていた私が、一晩で一気読みして「やっぱり読書って最高に面白い!」と感動した魅力を、体験談とともに丁寧にお届けします。

登場人物が全員知っているキャラだから挫折ゼロ!
難解なミステリー小説を読むのを今日からやめて、まずは「おじいさん」や「ネズミ」といった、1秒で名前と姿が一致する世界からリハビリを始めましょう。
なぜなら、私たちの脳がミステリー小説の途中でフリーズしてしまう最大の原因は、トリックの難しさではなく、「複雑な人間関係や見慣れない登場人物の名前を覚えること」に疲れてしまうからだからです。
私も昔は、「ジェームズが死んで、容疑者はエミリーと、ボブと、ええと……」と登場人物をメモしながら読む苦行をしていました。
しかし本書は、登場人物が全員、私たちが幼稚園の頃から知っている「あの昔話のキャラクター」です。
「おむすびを落としたおじいさん」「穴の中に住むネズミたち」。
説明不要で一瞬で絵が浮かびます。
この「脳内メモリの節約」のおかげで、私たちは「犯人は誰なのか」「どんなトリックが使われたのか」という、ミステリーの本質的な謎解きだけに極限まで集中できるのです。
人間関係の整理で力尽きていたあのストレスが嘘のように消え去り、驚くほどスラスラと脳が快感を感じるスピードで読み進められます。
「おむすびころりん」がタイムリープSFに化ける衝撃
「昔話のミステリーなんて、どうせ子供だましでしょ」と高を括っているなら、今すぐその油断を捨ててください。
本書に仕掛けられているトリックは、海外の賞を受賞するような超一級品のSFミステリーにも引けを取らない、本気で脳がちぎれるほどの論理パズルだからです。
私は第1章の「七回目のおむすびころりん」を読んだ時の衝撃を、今でも忘れません。
おむすびが穴に落ち、おじいさんがネズミの国で歌って踊る……。
あのほのぼのとしたシーンに、まさかの「タイムリープ(時間の繰り返し)」という、現代SFの超緻密なルールが持ち込まれるのです。
「なぜ、ネズミたちは毎回同じタイミングで同じ失敗をするのか?」
「なぜ、おじいさんはその行動を繰り返さなければならないのか?」
昔話の「お約束(繰り返されるフレーズ)」のすべてが、完璧な伏線となってラストに回収されていくのを夜中に一人でベッドの中で読んだ時、私はあまりの鳥肌で布団から跳び起きそうになりました。
絵面はコミカルなのに、ロジックは冷徹。このギャップに、あなたも必ず絶叫するはずです。

ぶんぶく茶釜で泣く。ただのパロディを超えた切ない読後感
単に「死体が出てきてアリバイを崩して終わり」という味気ないパズルだと思ったら、大間違いです。
本書が単なるお笑いパロディではなく、一冊の優れた人間ドラマ(あるいは獣ドラマ)として語り継がれるべきなのは、読者の心をギュッと締め付ける「哀しい美学」が全編に流れているからです。
特に中盤の「猿かに合戦」から「ぶんぶく茶釜」へ至る連作パートは、恐ろしいほどの愛憎劇です。
昔話では、悪い猿をカニやウスたちが退治して「めでたしめでたし」で終わります。
しかし、その復讐の裏には、生き残った者たちの「消えない憎しみと後悔の泥沼」がありました。
「なぜ、あのたぬきは茶釜に化けてまで、猿への復讐を誓わなければならなかったのか」
ミステリーの謎が解き明かされた瞬間、目の前に広がるのは、スカッとする解決ではありません。
お互いの想いがすれ違ってしまった、あまりにも哀しく、そして美しい「散り際のロマン」なのです。
私は読み終えた時、ただのパロディ小説だと思っていた自分を恥じるほど、静かな感動で涙がこぼれそうになりました。
結論:今夜、あの懐かしい「絵本」の裏側を覗いてみませんか
『むかしむかしあるところに、やっぱり死体がありました。』を読み終えたとき、私はなんだか、自分の部屋の本棚にあるはずの、埃を被った昔話の絵本をもう一度めくりたくてたまらなくなりました。
「私たちが知っていたあの優しい物語の裏側には、こんなにも生々しく、必死に生きた彼らのドラマがあったのかもしれない」
そう思えた瞬間、スマホの画面ばかりを見て砂のように時間を消費していた私の毎日に、とても知的でワクワクする「想像力の余白」が戻ってきたような気がしました。
重苦しい読書の義務感は必要ありません。
ただ、明日からの週末、ベッドに入ってスマホを機内モードにし、誰もが知る昔話の「1行目」を大人の視点で覗いてみる。
それだけでいいのです。
スマホを閉じて、深く息を吐いてみてください。
退屈な日常の脳みそを休めて、まずは今夜、あの懐かしい昔話の穴の中に転がり落ちるおじいさんと一緒に、ゾクゾクするほど美しいミステリーの旅へ出かけてみませんか。



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