※上記は紙媒体の書籍です。
東野圭吾『宿命』は、単なる殺人事件を描いたミステリーではありません。
これは「人はどこまで自分の人生を選べるのか」という問いを、静かに、しかし執拗に突きつけてくる物語です。
読み終えたあと、事件の真相以上に、登場人物たちの人生そのものが胸に残る一冊でした。
刑事と容疑者として再会した幼なじみ
物語の中心にいるのは、警察官となった男・倉田勇作と、事件の重要参考人として浮上する男・瓜生晃彦。
二人はかつて同じ町で育ち、同じ女性を想い、互いを強く意識しながら生きてきた幼なじみでした。
勇作にとって忘れられない初恋の女性は、皮肉にも晃彦の妻となって現れます。
刑事と容疑者という立場で再会した二人の間には、事件以前に、すでに言葉にできない因縁が横たわっている。
この設定だけで、本作が単なる推理小説では終わらないことが伝わってきます。
序盤の違和感が一本の線になる快感
『宿命』の魅力の一つは、序盤に散りばめられた小さな違和感です。
一見すると些細で、見過ごしてしまいそうな描写が、物語の終盤に近づくにつれて一本の太い流れとしてつながっていきます。
なぜ晃彦はこれほどまでに優秀なのか。なぜ勇作は彼に対して拭えない劣等感を抱くのか。
事件を追う中で、現在の殺人事件と、数十年前に起きた出来事が少しずつ交差し始めたとき、読者は否応なく物語の核心へ引き込まれていきます。
伏線が整理されていく感覚は非常に心地よく、「そういうことだったのか」と何度も唸らされました。
科学と感情、選べなかった人生
本作では、科学的要素も重要なテーマとして扱われます。
しかしそれは、トリックを成立させるための道具ではなく、人の人生を左右してしまう“残酷な現実”として描かれます。
晃彦が背負わされてきたもの、勇作が無意識のうちに選んできた道。
その差は努力や性格だけで説明できるものではありません。
だからこそタイトルである「宿命」という言葉が、物語が進むほど重みを増していきます。
もし自分が彼らの立場だったら、同じ選択ができただろうか。
読みながら何度も、そんな問いが頭をよぎりました。
見事な構成と、裏切らない結末
セリフ回しや描写に時代を感じる部分や、やや都合よく思える展開があるのも事実です。
しかし、それを補って余りあるほど、構成の完成度が高い作品です。
無駄がなく、真相のスケールは大きく、それでいて読者を裏切らない。
クライマックスで明かされる真実は、衝撃的でありながらも不思議と清々しさを残します。
悲劇であるはずなのに、どこか救われたような感覚が残るのは、東野圭吾が「人の感情」を丁寧に描き切っているからでしょう。
ミステリーを超えた“人生の物語”
『宿命』は、事件の謎解きを楽しむだけの作品ではありません。
人の感情、選択、そして抗えなかった流れ。
そのすべてが積み重なった結果として、あの結末が用意されていたのだと感じさせられます。
読み終えた後、タイトルをもう一度見返して、「確かにこれは『宿命』だ」と深く納得しました。
東野圭吾の初期作品の中でも、今なお色褪せない名作。
ミステリーが好きな人はもちろん、人間ドラマを求める読者にも強くおすすめしたい一冊です。
※上記は紙媒体の書籍です。


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