
東野圭吾さんの作品を何冊か読んでいると、まだ知らない昔の作品に出会うことがあります。
『ウインクで乾杯』も、その一冊ではないでしょうか。
タイトルだけを見ると、正直なところ「これ、本当にミステリーなの?」と思ってしまうような軽さがあります。
ところが物語は、ホテルの一室で女性が死亡するという事件から始まります。しかも、その部屋は密室状態。
しっかりとミステリーです。
一方で、『白夜行』や『悪意』のような重たい東野作品とは雰囲気が少し違います。
主人公・香子と刑事・芝田のやり取りにはどこか軽さがあり、事件を扱っている割にはテンポよく読み進められます。
かなり前に書かれた作品なので、今読むと「時代を感じるな」と思うところもありました。
ただ、その古さも含めて楽しめるのが、この作品のおもしろいところなのかもしれません。
この記事では、まずネタバレなしであらすじと感想を紹介し、後半では物語の展開にも少し踏み込んで感想を書いていきます。
後半はネタバレを含みますが、犯人の名前や密室トリックの核心部分は明かしません。
これから読む方は前半まで、すでに読み終えた方は最後まで読んでいただければと思います。
『ウインクで乾杯』とは?作品の基本情報
『ウインクで乾杯』は、東野圭吾さんの初期に発表された長編ミステリーです。
もともとは1988年に『香子の夢―コンパニオン殺人事件』として刊行され、その後『ウインクで乾杯』へ改題されました。
主人公は、パーティ・コンパニオンとして働いている小田香子。
事件を担当するのが刑事の芝田です。
現在の東野圭吾作品を読み慣れていると、少し意外な印象を受けるかもしれません。
人間の心の暗い部分を深く掘り下げていくというより、事件を追いながら登場人物同士の会話や関係も楽しんでいくタイプの作品だからです。
とはいえ、内容が軽いだけではありません。
密室事件があり、手掛かりがあり、それらが少しずつつながっていく。
本格ミステリーとして楽しめる部分もしっかりあります。
東野圭吾さんの有名作品をある程度読んだあとに手に取ると、
「初期にはこんな雰囲気の作品も書いていたんだ」
という違いも楽しめる一冊です。
『ウインクで乾杯』のあらすじ【ネタバレなし】
主人公の小田香子は、パーティ・コンパニオンとして働く女性です。
華やかなパーティー会場で働きながら、いつか条件のいい男性と結婚できたら――そんな夢も持っています。
そんな香子の日常が、ある日突然変わります。
仕事先のホテルで、同僚の牧村絵里が死亡しているのが見つかったのです。
絵里は毒入りのビールを飲んでいました。
しかも現場となった部屋は密室状態。
警察は自殺の可能性を考えますが、本当に自殺だったのでしょうか。
絵里の親友である由加利も、自殺とは考えられないと疑問を持ちます。
そして香子も、事件を担当する芝田刑事と関わりながら、少しずつ事件の奥へ入り込んでいくことになります。
絵里はなぜ死んだのか。
密室にはどんな意味があるのか。
そして、香子たちが知らなかった絵里の過去には何があったのか。
一人の女性の死から始まった事件は、やがて別の出来事へとつながっていきます。
『ウインクで乾杯』を読んだ感想【ネタバレなし】
初期作品ながらテンポよく読める
『ウインクで乾杯』はかなり前に書かれた作品です。
そのため、読む前は、
「今読むと、さすがに古く感じるのでは?」
という点が少し気になりました。
実際、仕事や恋愛に対する価値観などには時代を感じます。
それでも、小説そのものは意外なくらいスムーズに読めます。
会話が多く、場面も次々に変わっていくため、長い説明を延々と読まされるような感じがありません。
事件も早い段階から動き始めます。
東野圭吾さんの小説というと、作品によっては読む側にも少し覚悟が必要なくらい重いものがありますが、本作はもっと気軽に手に取りやすい印象です。
「今日は重たい小説を読む気分ではない。でもミステリーは読みたい」
そんなときには、ちょうどいい作品だと思います。
香子と芝田刑事の掛け合いが面白い
私がこの作品で印象に残ったのは、事件そのものだけではありません。
香子と芝田の関係です。
香子は探偵でも警察官でもありません。
ごく普通に生活していた女性が、同僚の死をきっかけに事件へ関わっていきます。
しかも香子は、いわゆる「完璧なヒロイン」ではありません。
玉の輿への憧れがあり、条件のいい男性にひかれるところもある。
そういう現実的な部分があるからこそ、妙に人間らしく感じます。
一方の芝田も、何もかも一瞬で見抜いてしまう天才刑事ではありません。
この二人が話している場面になると、殺人事件を扱っている小説なのに少し空気が柔らかくなります。
事件だけを淡々と追う作品だったら、ここまで読みやすくはなかったかもしれません。
重すぎないミステリーとして楽しめる
もちろん、人が亡くなる物語です。
決して明るい話ではありません。
それでも全編を通して重苦しい雰囲気が続くわけではなく、香子という主人公の存在によって物語に軽さがあります。
この軽さは、人によって評価が分かれるところでしょう。
もっと重厚な東野圭吾作品を期待して読むと、少し物足りなく感じるかもしれません。
私は逆に、
「こういう東野作品もあるんだな」
という気持ちで楽しめました。
有名作品ばかり読んできた人ほど、新鮮に感じるのではないでしょうか。
重すぎない東野圭吾作品を読みたい方なら、比較的手に取りやすい一冊だと思います。

『ウインクで乾杯』は今読んでも面白い?
時代を感じる設定も、今読むと一つの魅力
今読むと、さすがに時代を感じるところはあります。
まず「パーティ・コンパニオン」という設定そのものが、若い読者にはあまり身近ではないかもしれません。
香子の結婚観や、男性を見る基準にも、
「時代だなあ」
と思うところがあります。
現在ならスマートフォンやSNSですぐに済んでしまうようなことも、当然ながら当時はそうはいきません。
ただ、私はこうした部分をすべて「古いから読みにくい」とは感じませんでした。
むしろ、
「当時はこんな空気だったんだな」
と思いながら読むのも楽しいものです。
ミステリーを読みながら、少し昔の日本の雰囲気ものぞいているような感覚があります。
ミステリーとしての面白さは今でも楽しめる
時代背景は古くなっても、
「なぜ密室になったのか」
「これは本当に自殺なのか」
「誰が何を隠しているのか」
と考えながら読む面白さは変わりません。
最初は意味の分からなかった情報が、後になって別の意味を持って見えてくるところもあります。
現在のミステリーと比べれば、構成そのものは比較的シンプルに感じるかもしれません。
それでも、
「次はどうなるんだろう?」
と思わせながらページを進めさせる力は十分あります。
古い東野作品だからという理由だけで避けてしまうのは、少しもったいないと思いました。
ここから先は物語の展開にも触れます。まだ読んでいない方は、ぜひ作品を読んでから続きをご覧ください。

※ここから先はネタバレを含みます
ここからは、物語の途中の展開や登場人物について具体的に触れています。
ただし、犯人の名前と密室トリックの核心部分については書いていません。
できるだけ何も知らずに読みたい方は、読了後に戻ってきてください。
【ネタバレあり】『ウインクで乾杯』をさらに深掘りした感想
一人の死だけでは終わらない展開
序盤では、牧村絵里の死が自殺なのか他殺なのかという点が大きな謎になります。
ところが、事件はそれだけでは終わりません。
絵里のことをよく知る由加利も事件に巻き込まれ、亡くなってしまいます。
ここから物語の見え方が少し変わってきます。
単純に、
「密室の謎を解けば事件終了」
という話ではなかったからです。
絵里の死と由加利の死はどうつながっているのか。
絵里は、生前に何を抱えていたのか。
過去を調べるにつれて、それまで香子たちが知らなかった事実も見えてきます。
私はこのあたりから、密室そのものより、
「絵里にはいったい何があったのだろう」
という方が気になってきました。
最初に見えていた事件と、その奥にあった事情が少しずつ違って見えてくる。
この展開は、東野圭吾作品らしいところだと思います。
手掛かりが一本につながっていく面白さ
物語の中には、最初に出てきた時点では、
「これに何の意味があるんだろう?」
と思うようなものがあります。
その一つが、ビートルズに関係する手掛かりです。
初めて出てきたときには、事件とのつながりがすぐには見えません。
ところが読み進めていくと、その情報にも意味があったことが分かってきます。
ミステリーを読んでいて楽しいのは、こういう瞬間ではないでしょうか。
何気なく読んでいた部分が、あとになって急に重要に思えてくる。
「あの場面は、そのためにあったのか」
と気づくと、少し前に戻って確認したくなります。
現在の複雑なミステリーと比べれば、仕掛け自体は分かりやすく感じる人もいるでしょう。
ただ、東野圭吾さんの初期作品で、こうした伏線の置き方を楽しめるのは興味深いところです。
香子と芝田の距離感が最後まで楽しい
事件が深刻になっていく一方で、香子と芝田の関係は相変わらず少し変わっています。
特に、事件を担当している芝田が香子の隣室へ引っ越してくる展開。
ここは正直、
「そんな偶然ある?」
と思いました。
かなり出来すぎています。
ただ、不思議なもので、この強引さが私はそれほど嫌ではありませんでした。
芝田が近くにいるからこそ、香子との会話が増えます。
そして二人の掛け合いが増えることで、事件ばかりだった物語に少し息抜きが生まれるからです。
リアリティだけを考えれば気になる。
でも、小説として読むと妙に楽しい。
そんな部分でした。
密室トリックより事件の背景が印象に残った
『ウインクで乾杯』には、最初から大きな謎として密室事件が提示されています。
そのため、
「どうやって密室を作ったのか」
を考えながら読むのも、この作品の楽しみ方の一つです。
ただ、私の場合、読み終えたあとに一番強く残ったのはトリックそのものではありませんでした。
それよりも、
「なぜこんな事件が起きなければならなかったのか」
という背景の方です。
人物の過去をたどっていくと、事件は突然起きたものではなく、それ以前から続いていた人間関係の上に生まれたことが見えてきます。
そう考えると、最初に読んでいた密室事件の印象も少し変わります。
単純な謎解きとして読むより、
「そこまでして、人は何を隠そうとするのか」
と考えた方が、この作品は面白いのかもしれません。
華やかな世界の裏に見える人間関係
物語の入り口は、ホテルやパーティーという華やかな世界です。
香子自身も玉の輿を夢見ています。
お金があって、条件のいい男性と結婚して、豊かな生活を送りたい。
そんな願い自体は、それほど不思議なものではありません。
ところが事件を追っていくと、その華やかな世界の裏側にあるものが見えてきます。
人には知られたくない過去。
自分を守るための嘘。
お金や恋愛をめぐる思惑。
最初は軽い読み味だった物語が、読み進めるにつれて少し違った表情を見せてきます。
だからこそ、読み終わったあとに単なる「軽いミステリー」では終わりません。
現在の東野圭吾作品ほど深く人物心理を掘り下げているわけではありません。
それでも、
「人は自分に都合の悪いものを隠したくなる」
という部分には、後の東野作品にも通じるものを感じました。
『ウインクで乾杯』で少し気になったところ
偶然に頼った展開は少し気になる
先ほども書いたように、事件を担当した芝田が香子の隣室へ引っ越してくる展開など、
「さすがに出来すぎでは?」
と思うところはあります。
現在の東野圭吾作品の緻密な構成に慣れているほど、気になるかもしれません。
また、物語が後半へ進むにつれて、少し駆け足に感じるところもあります。
もう少し人物について読みたかったと思う部分もありました。
ただ、それらを含めてもテンポのよさは失われていません。
じっくり腰を据えて読む重厚なミステリーというより、一気に読み進めるタイプの作品だと考えれば、この展開の速さも本作らしさだと思います。
重厚な東野作品を期待すると物足りないかもしれない
『白夜行』や『悪意』のような作品を期待して読むと、
「思っていたより軽いな」
と感じる可能性があります。
人物の心理を徹底的に掘り下げるタイプの作品でもありません。
逆に言えば、そこが本作の読みやすさでもあります。
すべての東野作品が重厚である必要はありません。
気軽に読める作品があるからこそ、
「今日はこっちを読もう」
と選べる楽しさもあります。
私は『ウインクで乾杯』を、東野圭吾さんの代表作と比べて評価するより、
「初期に書かれた少し軽めの長編ミステリー」
として読む方が楽しめると思います。
もう少し人間の欲や裏切りが強く描かれた東野圭吾さんの初期作品を読みたい方には、『ブルータスの心臓』もおすすめです。

『ウインクで乾杯』はこんな人におすすめ
『ウインクで乾杯』は、東野圭吾さんの初期作品を読んでみたい人、重すぎないミステリーを探している人、密室ものが好きな人には特に向いていると思います。
また、事件だけではなく登場人物同士の掛け合いも楽しみたい人にもおすすめです。
反対に、重厚な心理描写や、大掛かりなどんでん返しだけを求めている人には少し物足りないかもしれません。
私自身は、作品の古さよりも、
「今の東野圭吾さんとは少し違う雰囲気」
の方がおもしろく感じました。
たくさんの作品を書いている作家だからこそ、こうした初期作品を読むと別の一面が見えてきます。
東野圭吾さんの初期ミステリーを気軽に楽しみたい方は、一度手に取ってみてはいかがでしょうか。

『ウインクで乾杯』が気に入った人におすすめの東野圭吾作品
『ウインクで乾杯』を読んで、
「初期の東野圭吾作品をもう少し読んでみたい」
と思った方には、次の作品もおすすめです。
本格ミステリーをさらに楽しみたいなら、東野圭吾さんのデビュー作『放課後』。
テンポよく事件を追う作品が好きなら『11文字の殺人』。
もう少し人間の欲や裏切りが強く描かれた作品を読みたいなら『ブルータスの心臓』。
同じ東野圭吾さんの初期作品でも、それぞれ雰囲気が違います。
『ウインクで乾杯』を入口に読み比べてみるのも面白いと思います。
本格ミステリーをさらに楽しみたいなら

テンポよく事件を追う作品が好きなら

まとめ|『ウインクで乾杯』は今読んでも楽しめる?
『ウインクで乾杯』は、現在の東野圭吾さんの代表作と比べると、かなり軽い読み味のミステリーです。
時代を感じる設定がありますし、
「さすがにこの展開は出来すぎでは?」
と思うところもあります。
それでも、香子と芝田のやり取りには独特の楽しさがあります。
一つの密室事件から始まり、過去や人間関係へと謎が広がっていく展開も、最後まで興味を持って読むことができました。
そして私の場合、読み終えて特に残ったのは、密室トリックそのものよりも事件の背景でした。
表面は華やかな世界なのに、その裏には人に知られたくない過去や思惑がある。
軽快に読み進められるのに、最後には人間の弱さも少し見えてくる。
そのアンバランスさが、『ウインクで乾杯』のおもしろさなのだと思います。
東野圭吾さんの有名作品しか読んだことがない方なら、
「こんな作品も書いていたんだ」
という発見もあるでしょう。
古い作品というだけで避けてしまうには、少しもったいない一冊です。


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