※上記は紙媒体の書籍です。
東野圭吾『パラレルワールド・ラブストーリー』は、ミステリー、SF、恋愛が複雑に絡み合った異色作です。
読み進めるほどに「何が真実なのか」「自分ならどうするのか」と問いを突きつけられ、読み終えたあとも心に重く残ります。
30年近く前の作品とは思えないほど、近未来的で鋭いテーマを内包した一冊です。
二つの世界で揺れる主人公の記憶
物語の主人公・敦賀崇史は、ある日突然、世界の在り方が変わってしまったことに気づきます。
一方の世界では、親友・智彦と同居し、恋人はいない自分。
もう一方の世界では、その親友の恋人だった麻由子が、なぜか自分の恋人になっている。
しかも、どちらの世界も「現実」として違和感なく存在している。
記憶は断片的に食い違い、少しずつズレが生じていく。
この“記憶の違和感”こそが、本作最大の読みどころです。
読者も主人公と同じように混乱し、「今どちらの世界を読んでいるのか分からなくなる」感覚に陥ります。
親友と恋人、その関係が生む痛み
この物語を単なるSFミステリーとして読めない理由は、登場人物たちの感情があまりにも生々しいからです。
崇史は麻由子に強く惹かれながらも、彼女は親友・智彦の恋人。
しかも智彦は中学時代からの親友で、恋愛経験もほとんどない誠実な人物です。
それでも崇史は「運命」を理由に、彼女を諦めきれない。
その弱さ、身勝手さに嫌悪感を覚える読者も多いでしょう。
実際、「主人公が好きになれない」という感想が出るのも、この作品の正直な読後感だと思います。
ただ、その人間臭さこそが、この物語をリアルにしています。
記憶改ざんという禁断の選択
物語の核心にあるのは、脳科学による記憶操作というテーマです。
なぜ世界が二つに分かれたのか。
なぜ記憶が書き換えられたのか。
その理由が徐々に明らかになるにつれ、物語は一気に重みを増します。
誰かを傷つけないため、自分が傷つく選択をするのか。
それとも、欲望に正直になり、誰かの人生を奪ってしまうのか。
記憶を操作するという行為は、単なるSF的装置ではなく、「愛とは何か」「人はどこまで弱くなれるのか」を突きつけてきます。
悲しくて、でも温かい東野圭吾の本質
「僕は弱い人間だ」という言葉が、何度も胸に刺さります。
この作品に登場する人物たちは、誰一人として完璧ではありません。
それぞれが悩み、迷い、自分なりに最善だと思う選択をした結果が、あの結末へとつながっていきます。
読み終えたとき、強い喪失感と同時に、不思議な温かさが残ります。
誰かが悪者だったわけではない。
ただ、人間だっただけなのだと。
夏目漱石『こころ』を思わせるような、友情と恋愛のねじれが、静かに心を締めつけます。
『パラレルワールド・ラブストーリー』は、難解な部分も多く、決して読みやすい作品ではありません。
それでも、感情を揺さぶられたい人、後味の苦い物語を求める人には、強くおすすめしたい一冊です。
※上記は紙媒体の書籍です。


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