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『虹を操る少年』の感想・書評|なぜ「変わろうとする者」は排除されるのか?【東野圭吾】

東野圭吾の作品といえば、殺人事件や緻密なトリックを思い浮かべる人が多いと思います。

私も最初はそうでした。

ところが『虹を操る少年』を読み始めると、少し印象が違います。

もちろん、謎や不穏な展開はあります。けれど、この作品の面白さは「犯人は誰なのか」という部分だけではありません。

光を使って音楽のようにメッセージを伝える「光楽」という奇妙な発想。そして、その力に惹かれていく若者たち。その一方で、光楽を危険視し、排除しようとする大人たち。

読み進めるうちに、私は「これは光楽の話であると同時に、変化を嫌う人間の話なのではないか」と感じるようになりました。

ただし、すべてが気持ちよく解決する小説ではありません。読後には「ここで終わるのか」と少し戸惑う部分もあります。

だからこそ、今回は単純に「面白かった」で終わらせず、私が『虹を操る少年』を読んで感じたことを中心に書いてみたいと思います。

※この記事では途中までネタバレを避けています。ラストについては後半で触れます。


  1. 『虹を操る少年』を読んだ感想|面白い?それとも人を選ぶ作品?
    1. 私が面白いと思ったのは「光楽」という発想
    2. 一方で、物語には少し物足りなさも感じた
    3. 「東野圭吾=ミステリー」を期待すると印象が違う
  2. 『虹を操る少年』はどんな小説?【ネタバレなし】
    1. 基本情報
    2. 「光楽」とは何なのか?
  3. 『虹を操る少年』のあらすじ【ネタバレなし】
    1. 光を「音楽」のように操る少年
    2. 光楽に惹かれていく若者たち
    3. 光楽を巡って動き始める大人たち
    4. 少年の才能が社会に与える影響
  4. 『虹を操る少年』を読んで一番考えさせられたこと
    1. なぜ人は「自分には理解できないもの」を恐れるのか
    2. 優れた才能は、いつも歓迎されるとは限らない
    3. 「新しいもの」を受け入れる側と拒絶する側
    4. 変化を恐れているのは、実は自分自身かもしれない
  5. 『虹を操る少年』で印象に残った人物
    1. 白河光瑠という少年をどう見るか
    2. 光瑠は本当に「天才」なのか
    3. 私が大人たちの側に共感してしまった理由
  6. 『虹を操る少年』のラストを読んで感じたこと【ネタバレあり】
    1. なぜ私はラストに少しモヤモヤしたのか
    2. それでも、この結末には意味があると思った
    3. 「完成された答え」を出さないことの意味
  7. 『虹を操る少年』はどんな人におすすめ?
    1. こんな人にはおすすめ
    2. こんな人には少し合わないかもしれない
  8. 『虹を操る少年』を読み終えて私が考えたこと
    1. 「変わること」は、本当に怖いことなのか
    2. 変化を拒む側になっていないだろうか
    3. 『虹を操る少年』が今でも問いかけてくるもの
  9. まとめ|『虹を操る少年』は「変化すること」を考えさせられる一冊

『虹を操る少年』を読んだ感想|面白い?それとも人を選ぶ作品?

結論から言うと、私は『虹を操る少年』を「かなり面白いけれど、人を選ぶ作品」だと感じました。

特に面白かったのは、これまであまり見たことのない「光楽」という設定です。

一方で、物語が大きくなっていくにつれて、少し話についていきにくくなるところもあります。

そして、東野圭吾だからという理由で「緻密な本格ミステリー」を期待すると、少し意外に感じるかもしれません。

私が面白いと思ったのは「光楽」という発想

やはり、この作品で最初に惹かれるのは「光楽」です。

白河光瑠は、光を操って、それを音楽のように「演奏」します。

光にメロディがある。

そう言われても、普通ならなかなかイメージできません。

音楽なら、音の高さや強弱、リズムによって人の感情を動かします。

それと同じように、光の色や明滅によって、人の心に何かを伝える。

この発想そのものが面白いんです。

しかも、『虹を操る少年』では単なる珍しい超能力として終わりません。

光楽を見た若者たちは、悩んでいた気持ちが軽くなったり、自分の中にあった何かに気づいたりしていきます。

つまり光楽は「人を楽しませる芸術」であると同時に、「人の内面を変えてしまうもの」として描かれています。

講談社の紹介でも、光瑠の「光楽」は新しいコミュニケーション手段として描かれ、そこに若者たちが惹きつけられていく設定が示されています。

ここが普通のSFとは少し違うところでしょう。

「そんなこと本当にできるのか?」と考えながら読むより、「もし本当にそんな力があったら、社会はどうなるんだろう」と考えながら読むと、かなり面白くなります。

一方で、物語には少し物足りなさも感じた

ただ、正直に言うと、私は物語が進むにつれて少し「広がりすぎたかな」と感じました。

最初は、夜の闇の中に現れる不思議な光に若者たちが惹かれていくという、少し幻想的な物語です。

そこから光楽が広まり、メディアや大人たちが関わり始め、さらに権力や社会の問題へと話が大きくなっていきます。

「次はどうなるんだろう」と読み進める力はあるのですが、その一方で、もっと掘り下げてほしかった人物や出来事もありました。

「ここは面白いのに、もう少し詳しく知りたかったな」と感じる場面が何度かあります。

実際、読者のレビューでも、設定やテーマを高く評価する一方で、物語が消化不良に感じられるという声があります。

私はこの点を「駄作だから」とは思いません。

むしろ、面白い設定だったからこそ、「もっと読みたかった」という気持ちが残ったのだと思います。

「東野圭吾=ミステリー」を期待すると印象が違う

もう一つ、読んでいて強く感じたのがこれです。

『虹を操る少年』は、東野圭吾作品ではありますが、一般的にイメージする「犯人を推理するミステリー」とはかなり違います。

講談社の紹介では「長編ミステリ」とされていますが、現在の書評ではSF・ファンタジー寄りの作品として評価する声も多く見られます。

私自身も、読み終わって「これはミステリーというより、人間や社会の変化について考えさせる小説だったな」という印象が強く残りました。

もし東野圭吾の作品だからという理由だけで、ガリレオシリーズのような論理的な謎解きを期待すると、少し違うと感じるかもしれません。

逆に、変わった設定の小説や、読み終わったあとに「これってどういう意味だったんだろう」と考えたくなる作品が好きなら、かなり楽しめると思います。

→東野圭吾の別作品『むかし僕が死んだ家』については、こちらでも詳しく感想を書いています。

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『虹を操る少年』はどんな小説?【ネタバレなし】

では、ここから作品そのものを整理していきます。

『虹を操る少年』は、1994年に実業之日本社から刊行され、1997年に講談社文庫版が刊行された東野圭吾の小説です。講談社文庫版は352ページです。

基本情報

項目内容
著者東野圭吾
作品名虹を操る少年
単行本刊行1994年
講談社文庫版1997年
文庫版ページ数352ページ
中心となる人物白河光瑠
作品の特徴光を使った「光楽」と若者・大人たちの対立

物語の中心にいるのは、高校生の白河光瑠です。

彼は非常に高い知性と優れた色彩感覚を持ち、「光」を使って独自の表現を生み出します。

そして、その表現を「光楽」と名付けます。

ここだけ聞くと、かなり突飛な話に思えるかもしれません。

でも、この設定が物語を読んでいるうちに、意外と自然に感じられてくるところが本作の面白さです。

「光楽」とは何なのか?

光楽を簡単に言えば、光を音楽のように扱って、人にメッセージを伝える表現です。

光瑠は、光の色や明滅などを組み合わせることで、人の感情に働きかけます。

そして、その光に惹かれた若者たちが、少しずつ光瑠のもとへ集まっていきます。

相馬功一、志野政史、小塚輝美など、それぞれ違った悩みを抱えている若者たちが、光楽をきっかけに変化していくのです。

ここで大切なのは、光楽そのものよりも、

「なぜ人は、この光に救われるのか?」

という部分なのだと思います。

言葉ではうまく説明できない。

誰かに相談しても理解してもらえない。

そんな気持ちを抱えた人間にとって、光瑠の光楽は、自分の存在を肯定してくれるものとして届く。

だからこそ、光楽は単なる芸術ではなく、大きな力になっていきます。

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『虹を操る少年』のあらすじ【ネタバレなし】

ここでは、後半の展開には触れずに、物語の流れを簡単に紹介します。

光を「音楽」のように操る少年

物語の中心人物は、高校生の白河光瑠です。

光瑠は幼いころから高い知性を持ち、特に色彩に対する感覚に優れています。

そんな彼が生み出したのが「光楽」。

真夜中の街に現れる不思議な光を見た若者たちは、その光に不思議と心を惹かれていきます。

それまで抱えていた悩みが軽くなったり、前向きな気持ちを取り戻したりする者もいます。

この「人を変えてしまう光」が、物語の大きな軸になります。

光楽に惹かれていく若者たち

光瑠のもとへ集まる若者たちは、みんな同じタイプではありません。

社会に反発する相馬功一。

受験や恋に悩む志野政史。

家庭の不和に苦しむ小塚輝美。

それぞれ違う問題を抱えているからこそ、「光」という共通の存在に惹かれていく過程が印象的です。

私はここを読んでいて、「光瑠が若者を集めている」というより、「自分の居場所を探していた若者たちが光瑠を見つけた」という感じがしました。

この感覚が、この作品を単純な超能力小説にしていない理由なのだと思います。

光楽を巡って動き始める大人たち

ところが、光楽の人気が広がるにつれて、物語の空気が変わっていきます。

それまで一部の若者だけが知っていた存在が、メディアや社会にも知られるようになっていく。

そして、大人たちは光楽の影響力を無視できなくなります。

光楽を利用しようとする人間もいれば、危険なものとして排除しようとする人間もいる。

純粋に「面白い芸術」として始まったものが、いつの間にか政治や組織、利権のようなものまで巻き込んでいきます。

少年の才能が社会に与える影響

ここから物語は、光瑠一人の問題ではなくなります。

光楽が広まれば広まるほど、社会そのものに変化を与えてしまう可能性が出てくるからです。

そのとき、大人たちはどうするのか。

新しい力を受け入れるのか。

それとも、自分たちの立場を守るために排除するのか。

『虹を操る少年』は、光楽という架空の設定を使いながら、かなり現実的な問題を描いていきます。


『虹を操る少年』を読んで一番考えさせられたこと

私がこの作品を読み終えたあとに一番考えたのは、「人はなぜ変化を嫌うのか」ということでした。

なぜ人は「自分には理解できないもの」を恐れるのか

光楽は、それまで存在しなかった新しいものです。

だから、大人からすれば扱いに困ります。

仕組みがよく分からない。

効果も分からない。

なのに、若者たちには強烈な影響を与えている。

こういうものが目の前に現れたら、怖いと感じる人がいても不思議ではありません。

これは現実社会でも同じではないでしょうか。

新しい技術、新しい考え方、新しい価値観。

最初から理解できる人ばかりではありません。

むしろ「よく分からないから、とりあえずやめておこう」と考えてしまうことの方が多い。

私はこの作品を読んでいて、そうした自分の中にもある感覚を意識させられました。

優れた才能は、いつも歓迎されるとは限らない

普通なら、すごい才能を持った人が現れれば、それを歓迎すると思います。

でも現実には、必ずしもそうではありません。

その才能によって、自分たちの常識が壊されるかもしれない。

今までの立場が変わるかもしれない。

自分より若い人間が注目されるかもしれない。

そう考えると、人は才能そのものよりも、「その才能によって起こる変化」を恐れることがあります。

『虹を操る少年』の面白さは、光瑠を単純な「すごい少年」として描くだけではなく、彼の存在によって周囲の人間の感情まで浮かび上がらせるところにあると感じました。

「新しいもの」を受け入れる側と拒絶する側

光楽を支持する若者たちと、それを危険視する大人たち。

一見すると、

「若者=新しいものを受け入れる」

「大人=古い考えに固執する」

という単純な対立に見えます。

でも、私はそこまで単純ではないと思いました。

新しいものを受け入れるのにも勇気がいります。

何が起こるか分からないからです。

一方で、古いものを守ることにも理由があります。

今まで積み上げてきたものがあるからです。

つまり、本当の問題は「新しいか古いか」ではなく、

「変化によって自分の立場が変わることを受け入れられるか」

なのではないでしょうか。

変化を恐れているのは、実は自分自身かもしれない

この作品を読んでいて、少し耳が痛かったのがここです。

私は「変化を拒む大人たちは嫌だ」と思いながら読んでいました。

でも、ふと考えると、自分だって新しいことを始めるときには慎重になります。

今までのやり方を変えるのは面倒です。

失敗するかもしれない。

周りから変だと思われるかもしれない。

だったら、今のままでいい。

そう考えてしまうことがあります。

だから『虹を操る少年』の「変化を嫌う人間」の描写は、単純に他人事として笑えませんでした。

もしかすると、自分の中にも同じような部分がある。

そう考えさせられたのが、この作品を読んで一番印象に残ったところです。


『虹を操る少年』で印象に残った人物

この作品は白河光瑠だけを見ていると、少し分かりにくいところがあります。

むしろ、彼を取り巻く人物たちを見ることで、「光楽」がどんな意味を持つのかが見えてくる作品だと思います。

白河光瑠という少年をどう見るか

まず中心にいるのが白河光瑠です。

彼は光を「演奏」するという、とても特殊な才能を持っています。

ただ、「すごい超能力少年」とだけ見ると、この人物の面白さを見落としてしまう気がします。

私が印象に残ったのは、光瑠が自分の能力を誇示して支配しようとしているというより、自分が見えている世界を他の人にも伝えようとしているように感じられるところです。

もちろん、彼の考え方に危うさがないわけではありません。

でも、彼が見ている世界と普通の人が見ている世界には、そもそも大きな違いがある。

その違いが、この物語全体を動かしています。

光瑠は本当に「天才」なのか

光瑠は間違いなく特別な人物です。

しかし私は、「天才だからすごい」で終わらせるのは少しもったいないと思いました。

光瑠の本当の凄さは、持っている能力そのものだけではありません。

「自分にしか見えていないもの」を、どうすれば他人に伝えられるのかを考え、それを実際の形にしてしまうところです。

アイデアだけなら、思いつく人はいるかもしれません。

でも、それを現実にしようと行動する人は少ない。

その意味では、光瑠は能力だけではなく、「自分の世界を形にする力」を持った人物なのだと思います。

私が大人たちの側に共感してしまった理由

ここは少し複雑でした。

当然、光楽を利用しようとしたり、排除しようとしたりする大人たちには問題があります。

でも、「よく分からないものが急激に社会へ広がったら、警戒するだろうな」とも思ってしまいました。

つまり、私は完全に若者側に立って読むことができなかったんです。

そこが逆に、この作品の面白いところでした。

「悪い大人をやっつける話」として読んでしまえば簡単です。

でも、自分が大人の立場だったらどうするのか。

新しい力が社会を大きく変えるかもしれないと分かったら、すぐに受け入れられるだろうか。

私はたぶん、かなり慎重になると思います。

だからこそ、この作品の対立は現実味を感じました。


『虹を操る少年』のラストを読んで感じたこと【ネタバレあり】

ここからは物語の終盤について触れます。

まだ読んでいない方は、この先を読む前に本編を先に読むことをおすすめします。

なぜ私はラストに少しモヤモヤしたのか

率直に言うと、

「え、ここで終わるの?」

という感覚はありました。

物語の途中まででかなり大きな話になっているだけに、最後にはもう少し、その後の世界や登場人物たちの行方を見せてくれるのかなと思っていたんです。

ところが、光瑠を巡る出来事が大きく動いたあと、物語は比較的早い段階で幕を閉じます。

実際、読者レビューでも「最後が唐突」「もっと余韻が欲しかった」という評価が見られます。

私はここに少し物足りなさを感じました。

特に、光瑠がどうなっていくのか。

そして、光楽によって変わった若者たちが、この先どんな人生を歩むのか。

そこをもっと読みたかったんです。

それでも、この結末には意味があると思った

ただ、読み終えて少し時間が経つと、「これはこれでいいのかもしれない」と思うようになりました。

物語の最後で大切なのは、光瑠一人がどうなるかだけではありません。

光瑠が生み出したものが、すでに他の若者たちへ受け渡されているからです。

つまり、「一人の天才が世界を変える」という話では終わらない。

最初は光瑠だけに見えていたものが、周囲の人間にも少しずつ広がっていく。

そこに、この作品の最後の意味があるように私は感じました。

光瑠が一人で何かを成し遂げて終わるのではなく、彼の存在が次の人間へとつながっていく。

そう考えると、唐突に感じたラストも少し違って見えてきます。

「完成された答え」を出さないことの意味

小説を読んでいると、「結局どうなったの?」と知りたくなります。

私もそうです。

登場人物のその後まで描いてくれた方が、読み終わったときにスッキリします。

でも、『虹を操る少年』は、そこを全部説明してくれません。

だからこそ、読者が続きを考える余地があります。

光楽はこの先どうなるのか。

人間は本当に変わっていくのか。

大人たちは新しい力を受け入れることができるのか。

そして、光瑠が始めたことは誰の手に受け継がれていくのか。

すべてを説明してしまえば、一つの物語としては完成するでしょう。

でも、あえて余白を残すことで、「この先の世界を自分で想像してください」と投げかけているようにも思えました。

私は最初、この終わり方に不満がありました。

でも今は、その「少し足りない感じ」こそが、この作品の読後感を残している理由なのかもしれないと思っています。


『虹を操る少年』はどんな人におすすめ?

この作品は、誰にでもおすすめできるというより、好みがはっきり分かれる小説だと思います。

こんな人にはおすすめ

まずおすすめしたいのは、変わった設定の小説が好きな人です。

「光を音楽のように扱う」という発想に興味を持てるなら、かなり楽しめると思います。

また、

  • SF的な設定が好き
  • 人間の心理や社会について考える小説が好き
  • 東野圭吾の初期作品を読んでみたい
  • 単純な謎解きだけではない作品を読みたい
  • 読み終わったあとに「あれはどういう意味だったんだろう」と考えたい

という人にも向いています。

特に私は、「新しいものを受け入れること」と「変化を恐れること」というテーマに興味がある人には面白い作品だと思います。

「光楽」という独特の設定を実際に読んで確かめてみたい方は、こちらからどうぞ。

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こんな人には少し合わないかもしれない

一方で、次のような人は少し注意した方がいいと思います。

まず、「東野圭吾=本格ミステリー」というイメージで読む人です。

この作品にはミステリー的な緊張感がありますが、中心にあるのは謎解きだけではありません。

また、物語の伏線が最後にすべて綺麗につながり、登場人物のその後まで明確に描かれる作品が好きな人も、少しモヤモヤするかもしれません。

私自身がそうでした。

「この先をもう少し読みたい」と思ったところで終わるからです。

逆に、その余白を自分で想像するのが好きなら、むしろ楽しめると思います。


『虹を操る少年』を読み終えて私が考えたこと

最後に、作品を読み終えて自分の中に残ったものを書いておきたいと思います。

「変わること」は、本当に怖いことなのか

この作品では、「変化」が何度も重要なテーマとして現れます。

光楽は、それまで存在しなかった新しいものです。

だからこそ、人を惹きつける一方で、人を不安にもさせる。

でも、よく考えてみれば、今までの歴史も同じなのかもしれません。

新しいものが出てきたとき、それを最初から全員が歓迎することなんてありません。

「そんなものは必要ない」

「今までのやり方で十分だ」

そう言われながら広がっていったものは、きっとたくさんあるはずです。

だから、変化そのものが悪いのではなく、

変化によって自分がどうなるか分からないことが怖い

のだと思います。

変化を拒む側になっていないだろうか

この作品を読んでいて、私自身も少し考えさせられました。

「変化を嫌う大人」というと、どこか他人事です。

でも、自分も何か新しいものに対して、

「今までのやり方でいいじゃないか」

と思うことがあります。

もちろん、何でも新しくすればいいわけではありません。

慎重になることも必要です。

ただ、「分からないから否定する」というのは違う。

『虹を操る少年』を読んで、そこは自分自身にも問いかけてみたいと思いました。

新しいものを見たとき、

「これは危険だ」

と最初から決めつけていないか。

それとも、

「自分にはまだ理解できないだけかもしれない」

と一度立ち止まれているか。

そんなことを考えました。

『虹を操る少年』が今でも問いかけてくるもの

1994年に発表された作品ですが、読んでいて古さだけを感じることはありませんでした。

むしろ、「新しいものが社会に入り込んだとき、人はどう反応するのか」というテーマは、今の時代だからこそ考えさせられる部分があります。

新しい技術が生まれる。

今までになかったサービスが広がる。

若い世代の価値観が変わる。

そのたびに、「昔はこうだった」という声は出てきます。

でも、変化を止め続けることもまた、一つのリスクです。

『虹を操る少年』は、そんなことを少し極端な形で描いた作品なのかもしれません。

私はこの本を読み終えて、

「変わることを恐れるな」

という単純なメッセージだけを受け取ったわけではありません。

むしろ、

「変化を恐れている自分に気づけるか」

という問いを受け取ったような気がします。


まとめ|『虹を操る少年』は「変化すること」を考えさせられる一冊

『虹を操る少年』は、東野圭吾の中でもかなり個性的な作品だと思います。

光を音楽のように扱う「光楽」という設定は斬新ですし、そこに惹かれていく若者たち、大きな影響力を持ち始めた光楽を警戒する大人たちという構図も興味深いものがあります。

一方で、物語の後半には「もう少し読みたかった」と感じる部分もあります。

ラストも含めて、すべてが綺麗に整理される作品ではありません。

だからこそ、人によって評価が分かれるのでしょう。

それでも私は、この作品を読んでよかったと思っています。

なぜなら、「新しいものを受け入れられる人間とはどんな人なのか」「自分自身も変化を拒んでいないだろうか」と考えるきっかけになったからです。

『虹を操る少年』は、単純に「面白い小説」で終わらせるよりも、読み終わったあとに少し立ち止まって考えたくなる小説です。

もし東野圭吾の少し変わった作品を読んでみたいなら、一度手に取ってみてもいいと思います。

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