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【書評】東野圭吾『分身』|クローンという禁忌が暴く「生まれ」の真実と母の愛


※上記は紙媒体の書籍です。

東野圭吾『分身』は、「もし自分とまったく同じ顔をした人間が、この世にもう一人いたら?」という強烈な問いから始まるサスペンス小説です。

ミステリーとしてのスピード感と、生命倫理という重いテーマを同時に抱え込みながら、読者の心を静かに、しかし確実に揺さぶってきます。

読み終えた後に残るのは、謎が解けた爽快感だけではありません。

「人はどこから来て、誰のものなのか」という根源的な問いと、胸の奥にじんわりと染み込む母の愛でした。

二人の少女、交互に描かれる運命

物語は、北海道で育った少女・鞠子と、本州で育つ双葉という二人の視点を交互に描きながら進んでいきます。

住む場所も環境も違う二人ですが、写真をきっかけに「自分と瓜二つの人間が存在する」ことを知り、互いの存在を意識し始めます。

最初は双子の生き別れかと思わせる展開ですが、物語が進むにつれて、その予想は不穏な方向へと裏切られていきます。

鞠子の母の不可解な死、調べるなという圧力、研究者たちの異様な態度。

ページをめくる手が止まらなくなるのは、この違和感が少しずつ輪郭を帯びていくからでしょう。

双子ではなく「クローン」という衝撃

やがて明かされる真実――鞠子と双葉は双子ではなく、クローンだった。

この展開は予想していた読者も多いかもしれませんが、それでもなお重く、冷たい衝撃を伴います。

本作がすごいのは、クローン技術そのものよりも、それを推し進めた研究者たちの姿を淡々と、しかし容赦なく描いている点です。

最新医学を追い求めるあまり、人として越えてはならない一線を踏み越えてしまった大人たち。

特に氏家清をはじめとする研究者たちの歪んだ倫理観には、読みながら嫌悪感すら覚えます。

それが30年以上前に書かれた作品だという事実に、改めて東野圭吾の先見性を思い知らされます。

『ブルータスの心臓』や『宿命』を思い出した読者も多いでしょう。

科学の進歩と倫理、その天秤の行方

『分身』は、単なるサスペンスではありません。

科学技術は「できる」からといって「していい」ものなのか、という問いを真正面から突きつけてきます。

研究者たちは医学の進歩を大義名分にしますが、その果実が本当に人を幸せにするのかどうかは、誰も考えていない。

自分の意思とは無関係に生み出され、存在そのものが隠蔽されようとする鞠子と双葉。

その姿は、技術の暴走が個人の人生をどれほど簡単に踏みにじるかを痛感させます。

母の愛に救われる物語

冷たいテーマとは対照的に、物語の根底には深い母の愛が流れています。

二人の母親が、それぞれの立場で必死に娘を守ろうとした姿には、思わず胸が熱くなりました。

ラストで描かれる鞠子と双葉の再会、そして表紙にも象徴的に使われている「檸檬」のエピソードは、本作屈指の名シーンです。

科学に翻弄されながらも、人と人とのつながりだけは消えない。

その静かな希望が、救いとして読者の心に残ります。

映画を観るような没入感と余韻

全体を通して、映像的でテンポの良い構成も『分身』の魅力です。

出生の謎が少しずつ明らかになる過程はスリリングで、まるで映画を観ているかのような没入感があります。

一方で、読み終えた後には派手なカタルシスよりも、静かな余韻が残る作品です。

技術が進歩した現代だからこそ、改めて読み返す価値のある一冊だと感じました。


※上記は紙媒体の書籍です。

小説
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