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『殺人の棋譜』書評|将棋タイトル戦の裏で進行する、昭和レトロな誘拐劇のハラハラ感


「最近のミステリーは、トリックが凝りすぎていて頭が疲れてしまう」

「もっと、純粋にストーリーの先が気になって徹夜してしまうような、勢いのあるサスペンスが読みたい」

そんな風に、どこか懐かしく、泥臭いスリルを求めているあなたの枕元に、そっと置いてほしい一冊があります。

それが、昭和41年に第12回江戸川乱歩賞を受賞し、作家・斎藤栄氏の華々しいデビュー作となった『殺人の棋譜』です。

本作は、後に多くの将棋ミステリーを手がけることになる著者の、まさに「すべての始まり」となった記念碑的な作品。

現代の洗練された警察捜査や緻密なパズルに慣れた目で見ると、正直「えっ?」と驚くような大雑把さや強引さもあります。

しかし、そこには確かに、読者を一気に物語の渦へと巻き込む強烈なエネルギーが満ちていました。

今回は、このレトロで愛おしい名作のあらすじに触れながら、本作が持つ本当の魅力と、読み終えたあとに残る不思議な余韻について、語っていきます。

極限の焦燥感を生むには対局と誘拐の二重の重圧が効果的である

人生のすべてを賭けた大勝負の最中に、最愛の我が子を奪われるという極限のシチュエーションこそが、読者の心に逃げ場のない焦燥感を植え付ける最良の舞台装置となります。

それというのも、ただの誘拐事件として描くよりも、絶対に席を外せない「将棋のタイトル戦」というタイムリミット付きのプロの戦いを重ね合わせることで、主人公が抱える絶望が何倍にも膨れ上がるからです。

盤上での一手の迷いが死に直結するプロ棋士の世界。

その緊迫感と、現実世界で進行する娘の命の危機がシンクロしたとき、私たちは主人公の胃がキリキリと痛むような苦しみを、我がことのように共有することになります。

たとえば、挑戦者として名人戦の盤前に座りながらも、頭の片隅では行方不明の娘の安否に狂いそうになっている父親の姿。

警察に通報すれば娘の命はないという脅迫と、勝負に勝たなければならないという棋士としての執念の狭間で、彼は一手、また一手と指し進めていきます。

昭和41年の張り詰めた空気の中、対局場の静寂と、裏でうごめく犯人の冷酷さが対比される描写には、息が詰まるような緊迫感があります。

だからこそ、将棋と誘拐という二つの異なる緊張感を無理やりにでも重ね合わせたこの設定は、理屈抜きに私たちを物語の冒頭からぐいぐいと引っ張っていく、最高にスリリングなスパイスとして機能しているのです。

読者の興奮を維持させる秘密は手数の多さと展開の速さにある

本作を途中で投げ出さずに一気読みさせてしまう真の原動力は、緻密な論理構築ではなく、次から次へと予期せぬ事件が起こるスピーディーな「手数の多さ」にあります。

どれほど設定が魅力的でも、捜査のプロセスや犯人との心理戦が停滞してしまえば、読者は途中で飽きて現実に戻ってしまいます。

著者はそれをよく知っているかのように、登場人物たちの細かな心理描写に深く潜ることをあえてせず、状況をめまぐるしく変化させることで、私たちの視線をページに釘付けにします。

実際に物語が中盤に差し掛かると、身代金の受け渡しシーンでの大胆なトリック、そして驚くべきことに、誘拐犯グループのメンバーが次々と何者かに殺害されていくという裏切りの連鎖が始まります。

「追い詰めた!」と思った瞬間にスルリと逃げられ、味方だと思っていた人間が死体となって発見される。

捜査陣の動きがどこか温く、現代の視点から見れば「もっとしっかり調べて!」ともどかしくなる部分も多々ありますが、そんな隙を考える暇すら与えないスピード感で物語は進んでいきます。

だからこそ、多少の強引さやご都合主義には目をつぶってでも、この次々と新しい謎が提示される怒涛のストーリーテリングに身を任せることこそが、本作を最高に楽しむための正しいお作法なのだと感じます。

結末の満足感を支えるのは別の犯罪と結びつく意外な構図である

物語の終盤、どこかモヤモヤとした不完全燃焼感を抱えながらも、私たちが「読んでよかった」と満足できるのは、誘拐劇の背後に隠された、もう一つの犯罪の絵図が浮かび上がるからです。

ただの「身代金目的の誘拐」だけで終わってしまっては、将棋という高尚なテーマを扱った意味も薄れ、平凡な犯罪小説として記憶の彼方に埋もれてしまいます。

実は、将棋のタイトル戦そのものは、後半になるにつれて事件の核心から少しずつ離れていってしまうのですが、その代わりに現れる「もう一つの悪意」が、物語の輪郭を一変させます。

謎が解けるきっかけ自体は、今の基準から見れば非常にシンプルで、「どうしてその繋がりをもっと早く疑わなかったのか」と感じる部分もあるでしょう。

しかし、誘拐犯たちの死、行方不明になった子供の行方、そして一見全く無関係に見えた人物たちの過去の因縁が、パズルの最後のピースがハマるように結びついた瞬間、そこには何とも言えないドロッとした昭和ミステリー特有の人間模様が立ち上ります。

だから、たとえすべてが美しく解決してすっきりするハッピーエンドではなかったとしても、事件の裏に隠された意外な人間の執念に触れたとき、私たちはミステリーというジャンルが持つ、人間の心の闇を覗く面白さを、改めて実感することができるのです。

結論:昭和の熱量を愛するあなたへ、今こそ捧げる一冊

『殺人の棋譜』を読み終えたとき、私の手には、古い図書館の本が持つあの独特な紙の匂いと、確かな満足感が残っていました。

将棋の対局そのものが事件の謎に直接関わらない点や、警察の捜査の甘さに不満を抱く人もいるかもしれません。

しかし、本作の本質はそこではありません。

これは、昭和という泥臭くも熱い時代にしか生まれ得なかった、直球勝負のエンターテインメントなのです。

「完璧なアリバイトリック」よりも、登場人物たちの必死な生き様や、犯人の予測不可能な暴走にハラハラしたい。

そんなあなたの知的好奇心を、本作は優しく、そして刺激的に満たしてくれます。

今夜はスマートフォンの通知をオフにして、昭和の盤上に描かれた、あの血の通ったミステリーの迷宮に迷い込んでみませんか。


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