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『白馬山荘殺人事件』書評・感想|暗号と人間の欲が絡み合う東野圭吾の本格ミステリー

『白馬山荘殺人事件』書評・感想|暗号と人間の欲が絡み合う東野圭吾の本格ミステリー

東野圭吾の初期作品ということで、読む前は少し身構えていた。

「昔のミステリだから、今読むと古く感じるのではないか」

そんな不安があったからだ。

ところが、実際に『白馬山荘殺人事件』を読み始めると、その心配は思ったほど気にならなかった。

雪の残る白馬のペンション、そこで亡くなった兄、意味深なマザー・グースの歌。そして、何かを隠しているように見える宿泊客たち。

使われている要素は、いかにも昔ながらの本格ミステリである。しかし、その王道らしさが、かえって新鮮に感じられた。

派手な事件が次々と起こる作品ではない。序盤は比較的ゆっくり進み、登場人物の関係を把握するまで少し時間もかかる。

それでも、兄の死に対する小さな違和感が少しずつ膨らみ、「本当に自殺だったのだろうか」と気になり始めると、なかなか本を閉じられなくなった。

暗号を使った論理的な謎解きを楽しみたい人には、今でも十分におすすめできる作品だと思う。

ただし、登場人物の多さや暗号の難しさなど、人によっては少し読みにくく感じる部分もある。

この記事では、できるだけ重要なネタバレを避けながら、『白馬山荘殺人事件』のあらすじ、読んだ感想、面白かった点、気になった点を紹介していく。

白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)
白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)

『白馬山荘殺人事件』の作品情報

『白馬山荘殺人事件』は、東野圭吾の初期に発表された本格ミステリ作品である。

物語の主な舞台となるのは、長野県白馬にあるペンション「まざあ・ぐうす」。

ペンションの客室には、それぞれマザー・グースにちなんだ名前が付けられており、この童謡が事件の謎を解く重要な手がかりになる。

現在の東野圭吾作品には、社会問題や家族関係を深く描いたものも多い。

一方、本作では暗号、密室、不審死、限られた登場人物といった、本格ミステリらしい仕掛けが前面に出ている。

後年の代表作とは少し雰囲気が違うが、東野圭吾がもともと持っていた謎解きへのこだわりを味わえる一冊だ。

『白馬山荘殺人事件』のあらすじ【ネタバレなし】

主人公の菜穂子は、親友の真琴とともに、白馬にあるペンション「まざあ・ぐうす」を訪れる。

このペンションは、一年前に菜穂子の兄・公一が亡くなった場所だった。

兄の死は自殺として処理されていた。しかし菜穂子は、その結論を完全には受け入れられずにいる。

公一が亡くなる前、菜穂子に残していた言葉には、マザー・グースに関係する不可解な内容が含まれていたからだ。

なぜ兄は、そのような言葉を残したのか。

兄はペンションで何を調べていたのか。

そして、本当に自ら命を絶ったのか。

菜穂子と真琴は、ペンションに滞在しながら、兄の死の真相を探り始める。

調べていくうちに浮かび上がってきたのは、兄の死だけではなかった。

ペンションに関係する過去の不審な出来事や、宿泊客たちが抱えている事情も、少しずつ明らかになっていく。

何気なく交わされた会話や、客室に付けられた名前、童謡の一節。

ばらばらに見えていたものが、やがて一つの事件へとつながっていく。

『白馬山荘殺人事件』を読んだ率直な感想

序盤は静かだが、違和感が少しずつ積み重なる

正直に言えば、読み始めてすぐに物語へ引き込まれたわけではなかった。

ペンションには複数の宿泊客が登場し、それぞれの名前や関係を覚えなければならない。

大きな事件が立て続けに起こるわけでもないため、序盤はややゆっくりに感じた。

しかし、この静かな進み方が、本作には合っている。

誰かが明らかに怪しいわけではない。

それでも、宿泊客の言葉や態度には、どこか引っかかるものがある。

菜穂子が兄の足跡をたどるにつれて、何でもないように思えた情報の意味が変わっていく。

「この人は何かを知っているのではないか」

「兄は最初から事件に気づいていたのではないか」

そう考え始めると、こちらも菜穂子たちと一緒にペンションの中を調べているような気分になった。

序盤の小さな違和感が後半でつながっていく構成は、現在読んでもよくできている。

マザー・グースの暗号は面白いが、自力で解くのは難しい

本作を特徴づけているのが、マザー・グースを利用した暗号である。

「ロンドン橋落ちた」など、どこかで耳にしたことのある童謡も登場する。

しかし、歌を知っていることと、暗号を解けることはまったく別だった。

読みながら自分でも考えてみたが、すべてを自力で解くのはかなり難しい。

マザー・グースに詳しくない読者の場合、手がかりを見つけても、それが何を意味しているのかまでは分からないかもしれない。

ただ、分からないから楽しめないわけではない。

童謡の言葉とペンションの客室、過去の出来事が結びついたときには、「そこにつながるのか」と素直に感心した。

暗号を自分で完全に解きたい人には少し厳しいが、作中の説明を追いながら謎がほどけていく過程を楽しむことはできる。

むしろ、普段あまり暗号ミステリを読まない私にとっては、少し難しいくらいのほうが印象に残った。

菜穂子と真琴の二人で調べる構成が読みやすい

本作には、すべてを見抜く天才的な名探偵が登場するわけではない。

中心になるのは、兄の死を疑う菜穂子と、彼女に付き添う親友の真琴である。

菜穂子は当事者であるため、どうしても兄への思いに引っ張られてしまう。

一方の真琴は、少し距離を置いた立場から状況を見ることができる。

この二人の会話によって情報が整理されるため、暗号や登場人物が多いわりには、物語についていきやすかった。

また、菜穂子一人だけで事件を追う話にしなかったことで、物語が重くなりすぎていない。

推理を進める場面では真琴が読者に近い疑問を口にすることもあり、二人と一緒に謎を考えている感覚を味わえた。

本格ミステリとして面白かった3つのポイント

ペンションという限られた舞台

事件の舞台になる「まざあ・ぐうす」は、完全に外部から遮断された山荘ではない。

そのため、典型的なクローズドサークルを期待すると、少しイメージが違うかもしれない。

それでも、物語の中心となる人物はペンションの宿泊客に限られており、独特の閉塞感がある。

同じ食堂に集まり、同じ屋根の下で眠りながら、誰かが秘密を抱えている。

表面上は穏やかな時間が流れているのに、互いを疑う気持ちが少しずつ広がっていく。

その雰囲気が、雪の残る白馬という舞台によく合っていた。

複数の不審死がつながっていく構成

菜穂子が調べているのは、兄の死だけではない。

ペンションの周辺では、過去にも不審な死が起きている。

最初は関係がないように見える出来事が、調査が進むにつれて少しずつ結びついていく。

一つの疑問に答えが出たと思ったら、今度は別の疑問が浮かび上がる。

この繰り返しがあるため、物語の中盤以降はテンポよく読み進められた。

すべての謎が同じ原因から生まれたとは限らない点も面白い。

事件を単純な一つの構図にまとめず、人間関係の積み重なりとして描いているところに、東野圭吾らしさを感じた。

冒頭と結末がつながる瞬間

本作では、物語の冒頭に、すぐには意味の分からない場面が置かれている。

読み始めた時点では、事件とどのような関係があるのか分からなかった。

しかし、最後まで読むと、その場面が決して飾りではなかったことが分かる。

すべてが明らかになった後で冒頭を思い返すと、最初に読んだときとは印象が大きく変わる。

犯人を当てることだけでは終わらず、事件に関わった人物の感情まで考えさせられる結末だった。

気になった点・読みにくいと感じる可能性がある部分

登場人物を覚えるまで少し時間がかかる

ペンションには複数の宿泊客が滞在しており、それぞれに事情がある。

さらに、客室にはマザー・グースにちなんだ名前が付けられているため、序盤は「誰がどの部屋に泊まっているのか」が混乱しやすい。

私は途中で何度か前のページへ戻り、人物関係を確認した。

登場人物が多いミステリに慣れている人なら問題ないかもしれないが、一気に名前を覚えるのが苦手な人は少し注意したほうがよい。

読者だけですべての暗号を解くのは難しい

本格ミステリでは、作中に示された情報だけで読者も犯人を推理できることが重視される場合がある。

その点で見ると、本作のマザー・グースの暗号は、知識がない読者には少し難しい。

「この情報から、そこまで推理できるだろうか」と感じる箇所もあった。

ただし、解説された後にまったく納得できないわけではない。

答えを知ると、あらかじめ示されていた言葉や配置に意味があったことが分かる。

自分で解くことよりも、作者が組み立てた仕掛けを楽しむ作品として読んだほうが満足しやすいと思う。

後年の東野圭吾作品と比べると地味に感じる

現在の東野圭吾作品を先に読んでいる人は、本作を少し地味に感じるかもしれない。

登場人物の感情が大きく揺さぶられる場面や、社会的なテーマが強く打ち出される作品ではない。

文章や人物描写にも、初期作品らしい素朴さが残っている。

一方で、その素朴さが本作の魅力でもある。

余計な演出を加えず、暗号と事件の謎を正面から描く。

その姿勢には、後年の作品とは違った面白さがあった。

『白馬山荘殺人事件』で描かれる「人の業」とは

本作を読み終えて強く残ったのは、トリックの巧妙さだけではなかった。

事件の背景には、人を思う気持ち、過去を隠したい気持ち、自分の立場を守りたい気持ちが複雑に絡み合っている。

人を愛すること自体は、決して悪いことではない。

しかし、その思いが強くなりすぎると、相手を自分の望む形に押し込めたり、真実を見ないふりをしたりすることがある。

一つの小さな嘘を守るために、さらに別の嘘が必要になる。

そして、誰かが過去を隠そうとした結果、無関係だったはずの人まで巻き込まれていく。

そこに、本作の怖さがある。

犯人を単純な悪人として切り離せば、物語は分かりやすい。

しかし、本作の登場人物たちには、それぞれ自分なりの理由がある。

もちろん、理由があれば何をしても許されるわけではない。

それでも、「自分が同じ立場なら絶対に間違えない」と簡単には言い切れない部分が残る。

謎が解けたときに爽快感だけで終わらないのは、そのためだろう。

事件の真相を知った後には、犯人の意外性よりも、「なぜここまで状況が悪化してしまったのか」という重さが残った。

『白馬山荘殺人事件』は、古典的な暗号ミステリの形を取りながら、人間の欲や執着、弱さを描いた物語でもある。

『白馬山荘殺人事件』はこんな人におすすめ

本作は、次のような人に向いている。

  • 暗号を使った謎解きが好きな人
  • ペンションや山荘を舞台にしたミステリが好きな人
  • 東野圭吾の初期作品を読んでみたい人
  • 派手なアクションより、論理的な推理を楽しみたい人
  • 読後に少し重い余韻が残る作品を読みたい人

特に、マザー・グースのような童謡や言葉遊びが事件に関係する作品が好きなら、興味深く読めるはずだ。

一方で、次のような人には少し合わない可能性がある。

  • 序盤から事件が次々と起こる作品を読みたい人
  • 登場人物が多い物語が苦手な人
  • 自分だけで解ける分かりやすい謎を求める人
  • 人物の感情を深く描いた現代的な作品を期待する人

テンポの速いサスペンスというより、手がかりを一つずつ確認しながら読む本格ミステリである。

白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)
白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)

東野圭吾のほかの山荘ミステリとの違い

東野圭吾には、本作以外にも山荘や限られた空間を舞台にしたミステリがある。

例えば、『ある閉ざされた雪の山荘で』は、舞台設定そのものを利用した仕掛けが印象的な作品だ。

『仮面山荘殺人事件』は、展開の意外性や大きなどんでん返しを楽しみたい人に向いている。

それらと比べると、『白馬山荘殺人事件』は、マザー・グースの暗号を少しずつ読み解いていく古典的な面白さが強い。

驚きの大きさを競う作品というより、複数の手がかりが一つにつながっていく過程を楽しむ作品だ。

後年の作品を読んだ後に本作を読むと、東野圭吾のミステリ作家としての原点を感じられるかもしれない。

まとめ|派手ではないが、本格ミステリの魅力が詰まった一冊

『白馬山荘殺人事件』は、雪の白馬にあるペンションを舞台に、マザー・グースの暗号と複数の不審死を描いた本格ミステリである。

序盤はやや静かで、登場人物の関係を覚えるまで時間がかかる。

また、暗号をすべて自力で解くのも簡単ではない。

それでも、兄の死に隠された真相を追ううちに、ばらばらだった手がかりが少しずつ結びついていく過程には読み応えがあった。

派手などんでん返しだけに頼らず、謎が解けた後に人間の弱さを残すところも印象深い。

東野圭吾の近年の作品と比べれば、文章や人物描写に初期作品らしい素朴さはある。

しかし、その素朴さがあるからこそ、暗号、推理、限られた登場人物という、本格ミステリの面白さを素直に味わえる。

読み終えた後に残ったのは、「犯人を見抜けなかった」という驚きだけではなかった。

人は過去を守ろうとするとき、どこまで間違った選択を重ねてしまうのか。

静かな雪の山荘を思い浮かべながら、そんなことまで考えさせられる一冊だった。

白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)
白馬山荘殺人事件 (光文社文庫 ひ 6-1)

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