
東野圭吾の小説と聞くと、重厚な人間ドラマや、読んでいて息苦しくなるようなミステリーを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
『白夜行』や『容疑者Xの献身』のような作品をイメージして『殺人現場は雲の上』を手に取ると、少し意外に感じるかもしれません。
この作品は、かなり軽快です。
主人公は、新日本航空の客室乗務員、早瀬英子こと「エー子」と藤真美子こと「ビー子」。二人は性格も雰囲気も正反対ですが、社内でも有名な仲良しコンビです。
そんな二人が、フライトや滞在先で奇妙な事件に遭遇し、時には自分たちで推理しながら謎を追っていきます。
ホテルで起きた殺人事件、機内に残された赤ちゃん、持ち主の分からない遺書……。
扱っているのは決して軽い事件ではないのに、エー子とビー子のやり取りのおかげで、作品全体にはどこか明るさがあります。
光文社も本作を、エー子とビー子がフライト先で遭遇する「奇妙な謎」を描いた作品として紹介しています。
私が実際に読んで感じたのも、まさにこの「軽さ」でした。
ただし、すべての人におすすめできるかというと、そうでもありません。
最近の本格ミステリーのような大きなどんでん返しや、重厚な人間ドラマを期待すると、少し物足りなく感じるところもあります。
この記事では、『殺人現場は雲の上』のあらすじや7つの短編を紹介しながら、実際に読んで感じた面白さ、気になったところ、そしてどんな人におすすめしたい作品なのかをまとめます。
※この記事では、作品の核心に関わるネタバレはできるだけ避けています。
『殺人現場は雲の上』はどんな小説?
『殺人現場は雲の上』は、東野圭吾の初期作品にあたるユーモア推理小説です。
1989年に刊行され、その後、光文社文庫で刊行されています。現在の新装版は2020年8月に発売されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 著者 | 東野圭吾 |
| タイトル | 『殺人現場は雲の上』 |
| ジャンル | ユーモア推理小説・短編集 |
| 収録作品 | 全7編 |
| 文庫 | 光文社文庫 |
| 新装版 | 2020年8月刊行 |
収録されているのは、次の7編です。
- 「ステイの夜は殺人の夜」
- 「忘れ物に御注意ください」
- 「お見合いシートのシンデレラ」
- 「旅は道連れミステリアス」
- 「とても大事な落とし物」
- 「マボロシの乗客」
- 「狙われたエー子」
本作の大きな特徴は、7つの短編すべてにエー子とビー子が登場すること。
「東野圭吾のミステリー」というだけでなく、エー子とビー子というキャラクターそのものを楽しむ作品と言ったほうが近いかもしれません。
『殺人現場は雲の上』のあらすじ
新日本航空の客室乗務員として働く早瀬英子と藤真美子。
二人は同期入社で、エー子、ビー子という愛称で呼ばれる仲良しコンビです。
性格はかなり違います。
エー子は頭の回転が速く、物事を冷静に見るタイプ。一方のビー子は、おっちょこちょいなところがあるものの、素直で親しみやすい性格です。
そんな二人が仕事で飛び回っていると、なぜか普通では考えにくい事件に出くわします。
宿泊先のホテルで起こる殺人事件。
飛行機の機内に置き去りにされた赤ちゃん。
偶然見つかった遺書。
脅迫事件と、存在するはずなのに見つからない乗客。
事件の舞台が飛行機やホテルだからこそ生まれる「逃げ場のない謎」に、エー子とビー子が向き合っていきます。
光文社の紹介でも、ホテルで殺された乗客やシートに残された赤ちゃん、遺書の落とし物など、日常から少し外れた奇妙な事件が描かれることが紹介されています。
『殺人現場は雲の上』7編を紹介
ここでは、作品の結末には触れすぎないようにしながら、それぞれの短編がどんな話なのかを簡単に紹介します。
「ステイの夜は殺人の夜」
最初の事件は、鹿児島でのホテル滞在中に起こります。
エー子とビー子は、乗務した飛行機の乗客だった男性とホテル近くのスナックで再会。ところが、その男性の妻がホテルの部屋で殺害されていることが分かります。
問題になるのは、男性にかなり強力なアリバイがあること。
ホテルという閉ざされた空間と、動かしにくいアリバイをどう崩していくのかがポイントになります。
最初の一編ということもあり、「このコンビはこんなふうに事件に関わっていくんだな」と作品の雰囲気をつかみやすい話でした。
「忘れ物に御注意ください」
旅行ツアーの乗客が降りたあと、機内にとんでもない忘れ物が残されていたことから事件が始まります。
その忘れ物とは、なんと赤ちゃん。
ところが、ツアーに参加していた夫婦を確認すると、全員が自分の赤ちゃんを抱いています。
では、機内に残されていた赤ちゃんはいったい誰なのか。
設定だけを見るとかなりコミカルですが、「どうしてそんなことが起きたのか?」と考えながら読むと面白い一編です。
「お見合いシートのシンデレラ」
飛行機の中で、ビー子の向かいに魅力的な男性が座ったことから始まる物語です。
男性から声をかけられ、その後デートをすることになったビー子。
しかも、相手はかなりの資産家でした。
ここだけ見ると恋愛小説のようですが、当然それだけでは終わりません。
個人的には、こういう「事件が起きているのに、どこかコミカル」という雰囲気が、この作品らしいと感じました。
「旅は道連れミステリアス」
エー子とビー子がフライトでよく訪れていた店の主人が、ホテルで死体となって発見されます。
しかも、そばには女性の遺体まである。
さらに、その女性にはビー子が関わっているという、少しややこしい事情まで出てきます。
二人にとって身近な人物が事件に関わることで、他人事では済まなくなっていくところが印象的です。
「とても大事な落とし物」
エー子が機内で見つけたのは、普通の忘れ物ではありません。
なんと「遺書」でした。
しかも、その遺書を書いた人物は、この飛行機に乗っている可能性が高い。
乗客の中から書き手を探し出し、自殺を思いとどまらせる必要があるという、少し特殊な状況です。
殺人事件とは違い、「事件が起きる前に謎を解く」というところが、この短編集の中でも特徴的だと思います。
「マボロシの乗客」
客室乗務員室に脅迫電話が入り、「人を殺した」という犯人から金銭を要求されます。
さらに、犯行を裏付けるような証拠まで見つかる。
ところが、その証拠に関係するはずの女性が見つかりません。
「本当にその人物は存在するのか?」という疑問が生まれるところから、事件はさらにややこしくなっていきます。
タイトルどおり、「存在しないはずなのに痕跡だけがある」という感覚が、この話の面白さだと思います。
「狙われたエー子」
最後の短編では、エー子自身が事件の中心に近づいていきます。
盛岡のホテルで起きた殺人事件の容疑者は、エー子のかつての恋人。
さらに、エー子自身が何者かに狙われるようになります。
これまで比較的客観的に事件を見ていたエー子が、当事者になることで、少し緊張感が強まります。
7編の締めくくりとして、エー子というキャラクターに焦点が集まる構成になっているのも面白いところです。
エー子とビー子のコンビが、この作品の一番の魅力
『殺人現場は雲の上』について語るなら、やはりエー子とビー子を外すことはできません。
公式の紹介でも、エー子は「聡明」、ビー子は「おっちょこちょい」と対照的に描かれています。
普通なら、こういう正反対の二人はぶつかりそうなものです。
ところが、この二人は妙に仲がいい。
エー子が冷静に考えている横で、ビー子が予想外のことを言う。
そのおかげで、推理の場面でも空気が重くなりすぎません。
ここが、この作品の大きな魅力だと思います。
もしエー子一人で淡々と謎を解いていくだけなら、かなり普通の推理小説になっていたでしょう。
でも、ビー子がいることで、事件の途中でも少し笑える。
この「事件は深刻なのに、読んでいる側はそれほど疲れない」というバランスが絶妙です。
『殺人現場は雲の上』を読んだ感想
とにかく読みやすい
この作品を読んで最初に感じるのは、やはり読みやすさです。
7編の短編で構成されているため、一話ごとに区切りがあります。
長編ミステリーのように、たくさんの登場人物や伏線を何百ページも追い続ける必要がありません。
「今日は少しだけ本を読みたい」という日に手に取ってもいい。
そんな気軽さがあります。
東野圭吾の作品としては、かなり軽い
ここは良い意味でも、悪い意味でも大きな特徴です。
東野圭吾と聞いて重厚な作品を期待すると、
「思っていたより軽いな」
と感じる可能性があります。
私も最初は少し意外でした。
ただ、読み進めてみると、これはこれで面白い。
すべての作品が重ければいいわけではありません。
東野圭吾の作品を何冊も続けて読んでいると、たまにはこういう軽めの一冊を挟みたくなるものです。
ミステリーとしては、少し物足りなく感じる部分もある
ここは、正直に書いておきたいところです。
私は楽しめましたが、「ものすごく驚く作品か」と聞かれると、そこまでではありません。
近年の複雑な本格ミステリーに慣れている読者なら、推理やトリックについて「あっさりしている」と感じる場面もあると思います。
実際、読者レビューでも軽く読めることを評価する声がある一方、意外性の弱さを指摘する評価もあります。
だからこそ、私はこの本を「本格ミステリーとして読む」というより、キャラクターとテンポを楽しむミステリーとして読むのが合っていると思います。
今読むと、時代を感じるところもある
1989年の作品ということもあり、現代の感覚で読むと「昔の作品だな」と感じる部分があります。
これは欠点というより、むしろ味ではないでしょうか。
スマートフォンもSNSもない時代。
今ならすぐに確認できることが、当時はそう簡単には分からない。
そうした時代背景が、事件の展開にも自然に影響しています。
現在のミステリーとは違う空気を感じられるのも、この作品の面白さだと思います。
事件よりも、エー子とビー子を追ってしまう
読んでいて意外だったのは、事件そのものよりも「この二人、次はどんなことに巻き込まれるんだろう」と思ってしまうことでした。
つまり、キャラクターへの興味がかなり大きい。
この作品は、謎解きだけを目的に読むより、
「エー子とビー子が活躍する短編ミステリー」
として読んだほうが、個人的には楽しめます。
『殺人現場は雲の上』で特に印象に残った短編
7編ともそれぞれ違う面白さがありますが、個人的に印象に残りやすいのは、
「ステイの夜は殺人の夜」
「とても大事な落とし物」
「狙われたエー子」
の3編です。
最初の「ステイの夜は殺人の夜」は、この作品がどういうタイプのミステリーなのかをつかみやすい。
「とても大事な落とし物」は、殺人事件とは違うタイプの謎なのが面白い。
そして「狙われたエー子」は、主人公自身が事件の当事者に近づいていくことで、短編集の最後らしい締まりがあります。
もちろん、ここは読者によってかなり好みが分かれると思います。
むしろ7編あるからこそ、「自分はどの話が一番好きか」を比べながら読めるのも、この作品の良さです。
『殺人現場は雲の上』の評価
私なりに評価すると、次のようになります。
| 評価項目 | 評価 | 感想 |
|---|---|---|
| 読みやすさ | ★★★★★ | 短編なのでテンポが良い |
| エー子とビー子 | ★★★★★ | キャラクターの魅力が大きい |
| ユーモア | ★★★★☆ | 重くなりすぎない |
| ミステリー | ★★★☆☆ | 軽快だが、やや物足りない部分も |
| 人間ドラマ | ★★★☆☆ | 重厚さを求めると弱く感じる |
| 総合評価 | ★★★★☆ | 気軽に楽しむならおすすめ |
満点ではありません。
でも、だからといって面白くないわけでもありません。
むしろ「東野圭吾の作品としては軽い」という特徴が、そのままこの本の個性になっています。
『殺人現場は雲の上』はこんな人におすすめ
おすすめしたい人
東野圭吾の作品を気軽に読んでみたい人。
短編ミステリーが好きな人。
重たい人間ドラマより、テンポの良い作品を読みたい人。
個性的なコンビが活躍する小説が好きな人。
昔のミステリーならではの雰囲気を楽しみたい人。
逆に、あまり向かない人
複雑な伏線や、最後に大きなどんでん返しを期待する人。
東野圭吾らしい重厚な人間ドラマを読みたい人。
一冊の作品をじっくり読み込んで、深い心理描写を味わいたい人。
こういう人には、本作より別の東野圭吾作品のほうが合うかもしれません。
『殺人現場は雲の上』を他の東野圭吾作品と比べると?
東野圭吾の作品は、同じ作者とは思えないほど雰囲気が違うことがあります。
『殺人現場は雲の上』は、その違いを楽しむのにも向いている作品です。
例えば、同じ初期作品でも『鳥人計画』は、こちらとはかなり異なる重い読後感があります。

「軽快な東野圭吾」を読みたいなら『殺人現場は雲の上』。
一方で、もっと緊張感のあるミステリーを読みたいなら『鳥人計画』。
こうして読み比べると、東野圭吾という作家の幅の広さがより分かりやすくなります。
また、短編形式の作品をもう少し読みたい人なら、『探偵倶楽部』も候補になります。

『殺人現場は雲の上』とは舞台も雰囲気も違いますが、「短編で事件を楽しむ」という点では比較しやすい作品です。
『殺人現場は雲の上』は、気軽に読める東野圭吾
『殺人現場は雲の上』を一言で表すなら、私は「肩の力を抜いて読める東野圭吾」だと思います。
殺人事件や脅迫事件など、題材だけを見ると決して軽くありません。
それでも、エー子とビー子の掛け合いがあることで、読み味はかなり軽快です。
もちろん、ミステリーとして少し物足りないと感じるところはあります。
でも、毎回最後に強烈などんでん返しが必要でしょうか。
私は、こういう作品もあっていいと思いました。
何冊も重たいミステリーを読んだあとに、少し気分を変えたい。
今日は長編を読む気力はないけれど、ミステリーは読みたい。
そんなときにちょうどいい作品です。

まとめ|『殺人現場は雲の上』はエー子とビー子を楽しむユーモアミステリー
『殺人現場は雲の上』は、東野圭吾の初期作品の中でも、比較的軽快な雰囲気を持つ7編の短編集です。
新日本航空の客室乗務員、エー子とビー子という正反対の二人が、フライト先や滞在先で起こる奇妙な事件に挑みます。
この作品の魅力は、謎解きだけではありません。
むしろ、エー子とビー子のキャラクターや二人の掛け合いこそ、大きな魅力だと思います。
一方で、現代の本格ミステリーに慣れている人には、トリックや意外性が少し物足りなく感じるかもしれません。
それでも、短編ならではのテンポの良さと、肩の力を抜いて読める気軽さは魅力です。
「東野圭吾の重たい作品ではなく、もう少し気軽なものを読みたい」
そんな人には、一度読んでみてほしい作品です。
そして読み終わったあとには、事件の謎よりも、エー子とビー子の二人をまた見たくなっているかもしれません。



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