
「さっきの返事、ちょっと冷たかった気がする」
「上司が機嫌悪そうだけど、もしかして私が何かしたのかな……」
以前の私は、こんなことをよく考えていました。
職場で誰かが大きなため息をつくだけでも気になる。上司の返事がいつもより短いだけで、「さっきのメール、何か失礼なことを書いたかな」と頭の中で何度も振り返る。
相手から直接何か言われたわけでもないのに、勝手に不安になって、家に帰ってから一人反省会をすることもありました。
今振り返ると、仕事そのものよりも、「周りの人が自分をどう思っているのか」を考えることに疲れていたような気がします。
そんなときに読んだのが、岸見一郎さん・古賀史健さんの『嫌われる勇気』でした。
もちろん、この本を一冊読んだだけで、翌日から突然、人の目が気にならなくなったわけではありません。
それでも私にとって大きかったのが、アドラー心理学の「課題の分離」という考え方です。
簡単に言えば、
「自分が引き受けるべき問題」と「相手が引き受ける問題」を分けて考える。
これを知ってから、以前よりも少しだけ、人の機嫌を背負わずに済むようになりました。
この記事では、人の顔色ばかり気にして疲れていた私が、『嫌われる勇気』を読んでどんなことを考え、実際の生活でどう使っているのかを書いてみたいと思います。
なぜ私は、いつも人の顔色を伺ってしまっていたのか
以前の私は、「できるだけ人に嫌われないようにしよう」と考えていました。
自分ではそれを、気遣いとか優しさだと思っていた部分もあります。
ただ、実際には少し違いました。
「相手に嫌われたくない」
「怒らせたくない」
「自分のことを悪く思われたくない」
そんな気持ちが強かったのだと思います。
上司が不機嫌だと「自分が悪い」と考えていた
たとえば職場で、先輩がいつもより強くキーボードを叩いている。
それだけで、
「昨日出したメール、書き方が悪かったかな」
「何か怒らせるようなことを言ったかな」
と考えてしまう。
実際には、先輩が何にイライラしているのかなんて分かりません。
忙しいだけかもしれないし、別の仕事でトラブルがあったのかもしれない。単純に寝不足だった可能性だってあります。
それなのに私は、なぜか最初に、
「自分のせいかもしれない」
と考えていました。
その結果、必要以上に話しかけたり、機嫌を取ろうとしたりする。
そして家に帰るころには、ぐったり疲れていました。
「良い人」でいようとするほど苦しくなった
人から嫌われないようにしようとすると、相手の反応がものすごく重要になります。
相手が笑ってくれれば安心する。
返事がそっけないと不安になる。
少し嫌な顔をされれば、自分の言動を何度も振り返る。
つまり、自分の気持ちが相手の表情ひとつで上下してしまいます。
当時の私は、それをおかしいとはあまり思っていませんでした。
むしろ、
「人間関係を円滑にするためには仕方がない」
くらいに考えていました。
でも、それを毎日続けていると、やはり疲れます。
他人の機嫌を気にしている時間が長すぎて、肝心の自分がどうしたいのかが分からなくなっていたからです。
人間関係に疲れてしまったときに役立った本は、こちらの記事でも紹介しています。

『嫌われる勇気』を読んで一番印象に残ったこと
『嫌われる勇気』は、アドラー心理学をもとに、哲人と青年の対話形式で話が進んでいく本です。
最初に読んだときは、正直なところ、
「いや、そんな簡単に割り切れないよ」
と思う部分もありました。
それまで自分が当たり前だと思っていた考え方と、かなり違ったからです。
それでも読み進めるうちに、妙に引っかかった考え方がありました。
それが、
「他人の期待を満たすためだけに生きなくていい」
という考え方です。
私は知らないうちに、
「こう思われたい」
「嫌われたくない」
「良い人だと思われたい」
という理由で行動することが増えていました。
でも、相手が自分をどう評価するかは、最終的には自分では決められません。
ここに気づいたとき、
「ひょっとして、私は自分ではどうにもできないことを一生懸命コントロールしようとしていたのでは?」
と思いました。
それが、私にとって『嫌われる勇気』を読んだ大きな転換点でした。
『嫌われる勇気』は、アドラー心理学をもとに、哲人と青年の対話形式で話が進んでいく本です。

「課題の分離」を知って、人の顔色の見え方が変わった
『嫌われる勇気』の中でも、特に私に役立ったのが「課題の分離」です。
言葉だけ聞くと少し難しそうですが、私はかなり単純に考えています。
「これは最終的に誰が引き受ける問題なのか?」
と考えるだけです。
課題の分離とは?できるだけ簡単に考えると
たとえば、自分が仕事でミスをしたとします。
ミスを確認して、必要なら謝る。
修正できるところは修正する。
これは自分の課題です。
一方、その対応を見た相手が、
「もう気にしていない」と思うのか、
「まだ腹が立つ」と思うのか。
そこまでは自分では決められません。
それは相手側の課題です。
以前の私は、その先まで何とかしようとしていました。
謝ったあとも、
「まだ怒っているかな」
「本当に許してもらえたかな」
と相手の表情を何度も確認する。
でも、ここまでやってしまうと終わりがありません。
自分にできることをしたなら、そこから先は相手に任せる。
私にとって「課題の分離」は、そんなふうに考えると理解しやすくなりました。
相手が不機嫌でも、すぐに「自分のせい」と決めつけなくなった
ここで気をつけたいのは、
「相手が不機嫌でも絶対に自分は悪くない」
という話ではないことです。
実際、自分のミスや言動が原因になっていることもあるでしょう。
大切なのは、
不機嫌そうに見えた瞬間に、証拠もないまま「全部自分のせいだ」と決めつけないこと。
私はこれだけでも、かなり楽になりました。
以前なら、
「機嫌悪そう」
↓
「きっと私のせいだ」
↓
「何とかしなければ」
と一気に進んでいました。
今は、
「機嫌悪そうだな」
↓
「私が何か対応すべき事実はあるかな」
↓
「なければ、いったん仕事に戻ろう」
くらいで止めるようにしています。
もちろん、毎回うまくできるわけではありません。
それでも、一度立ち止まれるようになっただけで、人間関係の疲れ方が少し変わりました。
「馬を水辺に連れて行くことはできても……」という考え方
人間関係について考えるとき、私は「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」という有名なたとえを思い出します。
こちらができるのは、あるところまでです。
たとえば誰かが困っているとき、
話を聞く。
アドバイスする。
できる範囲で手伝う。
ここまではできます。
でも、その人がアドバイスを受け入れるかどうか、行動するかどうかまでは決められません。
昔の私は、そこまで求めてしまうことがありました。
「せっかく言ったのに、どうしてやらないんだろう」
「こちらはこんなに気を遣っているのに」
そう思ってイライラする。
今考えると、相手の領域にまで入り込みすぎていたのだと思います。
自分にできることはする。
でも、その先まで握りしめない。
この距離感を知ったことも、『嫌われる勇気』を読んで良かったと思う点です。
実際に「課題の分離」を職場で試してみた
本を読んで考え方を知っただけでは、長年の癖はなかなか変わりません。
私も最初は、相変わらず人の表情を気にしていました。
そこで意識するようにしたのが、
「事実」と「自分の想像」を分けること
でした。
「事実」と「想像」は意外と混ざっている
たとえば上司から、
「了解です」
とだけ返事が来たとします。
事実は、
「了解です、と返事が来た」
だけです。
ところが私の頭の中では、
「いつもより文章が短い」
「怒っているのかな」
「私の仕事に不満があるのかも」
と、どんどん話が広がっていきます。
でも後半はすべて想像です。
そこで私は、不安になったときほど、
「実際に起きたことは何?」
と考えるようにしました。
すると、
「なんだ、まだ何も起きていないじゃないか」
と気づけることがあります。
これは、今でもよく使っています。
自分にできることをしたら、そこで一度終わりにする
もし本当に自分のミスがあったなら、確認して修正します。
必要なら謝ります。
分からないことがあれば聞きます。
ここまでは自分の仕事です。
ただ、そのあと相手がどんな顔をしているのかまで監視しない。
これは簡単そうに見えて、私にはけっこう難しいことでした。
長年、
「相手の機嫌が良くなった=問題解決」
だと思っていたからです。
でも今は、
「自分がやるべきことを終えた=ひとまず終了」
と考えるようにしています。
完璧ではありませんが、以前よりずっと疲れにくくなりました。
考えすぎてしまう人におすすめの記事は、こちら。

『嫌われる勇気』を読んでも、人の顔色が気にならなくなったわけではない
ここは正直に書いておきたいところです。
私は『嫌われる勇気』を読んだからといって、人の顔色がまったく気にならなくなったわけではありません。
今でも、
「今日ちょっと機嫌悪そうだな」
と思うことはあります。
人からどう思われているか気になることもあります。
長年やってきた考え方ですから、本を一冊読んだくらいで全部消えるほど単純ではありませんでした。
ただ、一つ大きく変わったことがあります。
「気になったあと、どこまで考え続けるか」
です。
以前なら、相手の表情が気になれば、そのことを何時間も引きずっていました。
今は、
「気になるな」
と思ったあと、
「でも、今のところ自分が対応することはない」
と考えられることが増えました。
ゼロか100かで考える必要はないのだと思います。
人の顔色が気になる自分を無理やり消すのではなく、
気になっても、その感情にずっと付き合わない。
私にとっては、それくらいの変化でも十分大きなものでした。
人の顔色を伺って疲れたとき、私が今やっている3つのこと
最後に、『嫌われる勇気』を読んでから私が意識していることを、3つにまとめます。
1.「本当に私の問題?」と一度だけ考える
誰かが不機嫌そうなとき、すぐに原因探しを始めない。
まず、
「これは本当に自分が対応すべきことだろうか?」
と考えます。
何も思い当たることがなければ、そこでいったん終了です。
2.「事実」と「想像」を分ける
「返事が短かった」は事実。
「私に怒っている」は想像。
この二つを分けるだけでも、不安が必要以上に膨らみにくくなります。
3.自分にできることをしたら、相手の感情まで背負わない
ミスをしたなら修正する。
謝る必要があるなら謝る。
でも、そのあと相手がどう感じるかまで自分で操作しようとしない。
私の場合、この3つを意識するだけでも、ずいぶん違いました。
『嫌われる勇気』はこんな人におすすめしたい
私がこの本を特におすすめしたいのは、
- 人の顔色を気にしすぎて疲れてしまう人
- 嫌われることが怖くて言いたいことを我慢してしまう人
- 人間関係で何でも自分の責任だと思ってしまう人
- 周囲の期待に応えようとして無理をしてしまう人
- 「もっと自分の人生を生きたい」と感じている人
です。
逆に、読めばすぐに人間関係の悩みが全部なくなるような本ではありません。
私自身、「そこまで割り切れない」と思ったところもありました。
それでも、
「これは誰の課題なのだろう?」
という問いを一つ持てたことは、自分にとって大きかったです。
人間関係で疲れたときに、何度か思い出したくなる本になりました。
人間関係で疲れたときに、何度か思い出したくなる本になりました。

まとめ|他人の「不機嫌の荷物」まで背負わなくていい
以前の私は、誰かが不機嫌そうにしていると、その人が持っている「不機嫌の荷物」まで自分で持とうとしていました。
「私が何とかしなくては」
「機嫌を直してもらわなくては」
そう考えていたのだと思います。
でも今は、自分にできることと、できないことを以前より少し分けられるようになりました。
もちろん、自分に非があるなら謝る。
困っている人がいれば、できる範囲で手を差し伸べる。
ただし、
相手の感情そのものまで、自分の責任にしない。
『嫌われる勇気』から私が一番学んだのは、そんな距離感でした。
私は今でも、人の顔色が気になることがあります。
それでも、
「これは誰の課題だろう」
と一度考えられるだけで、昔ほど相手の機嫌に振り回されなくなりました。
もし今日、職場や身近な人の不機嫌を持ち帰ってしまっているなら、その荷物が本当に自分のものなのか、一度だけ考えてみてください。
自分がやるべきことをきちんとやったのなら、そこから先まで背負わなくてもいい。
それだけでも、少し心が軽くなるかもしれません。


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